チューリップの国オランダで見つけた美味しいもの

2017年春チューリップと風車の国オランダに引っ越しました。オランダで美味しいもの探し中です。

10年前の2週間

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yahooニュースで訃報を目にしました。
「どうぞ安らかに。」

今日のブログは読者さんの気持ちを暗くしてしまうかもしれません。
そんな気分になりたくない方はスルーしてくださいね。

 10年前、私はロンドンでの生活を始めたばかりでした。その頃、母は闘病中で私は一か月おきに東京とロンドンを行き来していました。

イースター明けのある日、母の体調が悪化し緊急手術が行われるという連絡を受け、ロンドンにいた私は急ぎ日本へと帰国。飛行機の中で、「どうかお母さんに会わせて」とあかりの消えた機内で涙を流したことを覚えています。

病院に駆け付けると母は、「やっと帰ってきた」とふてくされた顔で一言。手術の影響で記憶が混乱しているなか、「今日は何日か?」と問われると、次の私の帰国予定日を答えたそうです。

それから二週間、病室に泊まらせてもらって、ずっと母のそばにいることができました。何しろ、少しでも病室を離れようとすると「行ったら、イヤかな。」と泣くので、寝ている間しか病室を離れられなかった。親子関係が逆転したような二週間。でも、神様がくれた二週間。

「朝起きたときにお母さんが生きてますように」と祈ってから眠り、朝母が生きてることを確認して「あー、今日も生きてた」とホッとする。そんな二週間。

ある朝、先に起きていた母のガラガラ声で目を覚ました。風邪をひいたのかなんなのか今となってはよくわからないけど、母は「早く治さなきゃ」と言った。それが母の最期の言葉でした。その数分後、脳梗塞をおこして意識がなくなり二日後に永眠したのです。

亡くなった母をつれて実家に戻ると、葬儀までの数日間たくさんの人が母に会いにきてくれました。とても嬉しいことだけど、私は母と二人きりになれる時間を失ってしまいました。夜も、「連れていかれちゃうから二人で寝てはいけない」と叔父が言って、かわるがわる誰かが交代で泊っていってくれた。ありがたいことだけど、私にとってはすごいストレスだった。母と二人になりたかったのです。

誰かの訃報を耳にすると、必ず思い出す母との最後の2週間のお話でした。